今回の主役は芳醇な香りで私たちを魅了する「バター」です。
2025年7月初旬、欧州を襲った記録的な猛暑は、実は私たちの食卓にも暗い影を落とし始めています。
ロイター通信によると、熱波に伴いフランスやイタリア、スペインで少なくと8人が死亡し、ギリシャやトルコなどでは山火事が発生。スイスでは冷却に利用される河川水温の上昇により、原子炉が停止と社会生活に大きな影響が出ています。

一見、遠い国の話に思えるかもしれませんが、世界的にバターの供給が逼迫し、今後その状況がさらに厳しくなる見込みであることが、複数の報道や専門家の分析から浮き彫りになっています。
この「バター不足」の背景と、私たちの生活への影響について深掘りします。
パリの老舗パン屋も悲鳴!深刻化するバター不足
フランス・パリの人気のパン屋「マミッシュ」では、看板商品のパン・オ・ショコラやクロワッサンに欠かせない特別なバターの安定供給が困難になっているといいます。
長年の取引先からも入手が難しくなり、他のルートを探せばコスト増は避けられない状況です。
実際、香港のベーカリーチェーン「ベイクハウス」も、年間バター使用量が前年から倍増する一方で、供給確保のために仕入れ先を次々と変更せざるを得ない状況に直面しています。
なぜバターが足りなくなるのか?複雑に絡み合う要因
世界中でバター価格が過去最高水準に張り付き、値上がりの勢いが収まる気配がない背景には、複数の要因が複雑に絡み合っています。
気候変動による生産量減少
まさに今、欧州を襲っている「殺人レベル」と形容される猛暑は、乳牛にも深刻な影響を与えています。
乳牛は暑さに弱く、ストレスや体温上昇によって乳量も乳脂肪分もが大幅に減少します。
原料となる生乳が減れば、当然バターの生産量も落ち込みます。
さらに、猛暑は生クリームやアイスクリームといったバターと競合する乳製品の需要をも押し上げ、限られた生乳の奪い合いを加速させているのです。
酪農業界の人手不足と産業構造の変化
ニュージーランドのような世界有数の酪農大国でも、バターの生産量がコロナ禍前の水準に戻っていません。
背景には、酪農業の労働集約的な性質や、若者の都市部(特にIT関連分野)への流出、さらに高収入を求めてオーストラリアなどへの出稼ぎといった構造的な人手不足があります。
また、欧州の乳業メーカーは、バターよりも利益率の高いチーズの生産に注力する傾向が強まっています。
チーズは牛乳全体を加工でき、副産物のホエイ(乳清)も需要が高いからです。
この産業構造の変化も、バター生産量の減少に拍車をかけています。
世界的なバター需要の増加
供給が絞られる一方で、世界のバター需要は高まる一方です。
特に経済発展が著しい中国や台湾などのアジア圏では、食の洋食化に伴いバター消費が急増しています。
加えて、欧米諸国でも「超加工食品」を避ける健康志向の高まりから、より自然でシンプルな食品であるバターが再評価され、再び人気を集めています。
超加工食品(Ultra-Processed Foods)とは?
複数の食材を工業的に配合して製造された、加工の程度が非常に高い食品を指します。
具体的な例
- スナック菓子: ポテトチップス、クッキー、ビスケット、チョコレート、キャンディー、グミなど
- 菓子パン・総菜パン: 大量生産された包装パンなど
- 清涼飲料水: 炭酸飲料、甘い缶コーヒー、栄養ドリンク、果物ジュース(濃縮還元や加糖が多いもの)など
- インスタント食品: カップ麺、インスタントラーメン、レトルトカレー、粉末スープなど
- 冷凍食品: 冷凍ピザ、冷凍パスタ、チキンナゲットなど
- 加工肉: ハム、ソーセージ、ホットドッグ、コールドカット(薄切り肉)など
- 朝食用のシリアル: 砂糖が多く加えられたもの
- マーガリンやその他のスプレッド
なぜ健康に悪いとされるのか?
超加工食品の過剰摂取は、近年多くの研究で様々な健康リスクとの関連が指摘されています。
- 肥満: 高カロリーで満腹感が得られにくく、過食につながりやすい。
- 心血管疾患: 糖分、塩分、脂肪の過剰摂取が、高血圧やコレステロール値の上昇を引き起こす可能性がある。
- 2型糖尿病: 血糖値の急激な上昇やインスリン抵抗性の悪化につながる。
- がん: 特に加工肉などが特定のがんリスクを高めるとされている。
- うつ病などの精神的な不調: 腸内環境の悪化や炎症が関連している可能性が指摘されています。
- 栄養不足: 必要な栄養素が少ないため、食事全体の質が低下する。
このような説明を聞いていると、バターをたっぷりと使って焼き上げたクロワッサンや、メープルシロップとバターのハーモニーが楽しめるパンケーキの方が、確かに食欲をそそりますよね。
日本の食卓への影響は?
日本のバター自給率は80%台後半から90%前後と比較的高い水準にあるものの、依然として一定量は輸入に頼っています。
世界的な供給逼迫の状況下では、「お金を支払えばいくらでも輸入できる」という状況ではありません。
欧州の飲食店では、既にバターの価格転嫁(25~30%の値上げ)や、バターの使用を減らしてオリーブオイルなどに代替する動きも出ています。
これらの動きは、数ヶ月遅れて日本の食卓にも波及する可能性が高いでしょう。
まとめ:年々バターが高嶺の花に?
気候変動、産業構造の変化、そして高まる需要。
これら複雑な要因が絡み合い、世界的にバターの供給が危機的な状況にあります。
日本ではインフレの勢いが止まる気配がありませんが、私たちにとって身近な食材であるバターが、今後さらに高価になり、あるいは手に入りにくくなる未来も視野に入ってきました。
今日のクロワッサンやパンケーキの上に乗っかったバターの貴重さを、改めて感じずにはいられません。
週末にはお気に入りのパン屋さんに買い物に出かけてみませんか?
参考資料
Bloomberg: Butter’s Global Price Surge Hits Croissants and Kitchens Alike ([バター高騰、クロワッサンや家庭の台所にも打撃-世界で需給逼迫 – Bloomberg])




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