無給ボランティア?それとも労働搾取?──農業体験の境界線を考える

脚立に登って果実を収穫する人物の黒いシルエットと赤い警告帯に「無給ボランティア?それとも労働搾取?」の文字が入ったアイキャッチ画像

「農業体験」と聞いて、皆さんは何を思い浮かべますか?

青空のもとで、もぎたての果物を頬張り、土の匂いを嗅ぎながら汗を流す、健全で心安らぐ優雅な時間でしょうか?

しかし、この「農業体験」の裏側で、観光と労働の境界線が曖昧になる、新たな問題が浮上しています。

今回は、読者の方から寄せられた一つの投書をきっかけに、

この農業界の新しい課題について、深く掘り下げてみたいと思います。

パンチです

どうぞ最後までご覧くださいね

目次

読者からの投書:香川県オリーブ農園の事例

日本における国産オリーブは香川県小豆島が中心で、そのシェアは90%近くにものぼります。

そして海外のスペインやイタリアの大規模生産地とは異なり、国内のオリーブの収穫は「手摘み」で行われています。

オリーブの実は収穫時にキズがつくと、傷んでしまって商品価値がなくなるため、ブランド価値を向上には「手摘み」が不可欠です。

しかし日本のオリーブ生産者全てが高付加価値のオリーブを目指しているのではなく、農地のほとんどが傾斜地や狭小なものがほとんどであるため収穫機械の導入が出来ずに、必要に迫られて人の手による作業が不可欠となっているようです。

オリーブの木は品種によっては10m近くまで成長するものがあり、梯子や脚立などでの高所作業が必要ですから、危険と隣り合わせで、慎重に行われる収穫作業には時間がかかってしまいますよね。

そんな国産オリーブ、ブランド化に成功した一部の大規模生産者の中には、加工・直販などの6次産業化で収益を拡大しているところもあるそうです。


しかしその他の多くの中小規模の生産者はほかの農作物と同様になかなか儲かるのは大変で、香川県はオリーブ生産者に対して「未収益期間支援22万円/10a」などの補助金制度を用意していますが、収穫にかかる人件費が経営を圧迫しているケースが多いようです。

そんな中、つい先日、香川県にお住まいの読者の方から、あるオリーブ生産法人の経営実態に関するご報告をいただきました。

その生産者は、自社ホームページで「無給で果実の摘み取り作業をしてくれる人募集」と呼びかけているとのこと。

「無給」での労働募集は、一見するとボランティアのように見えますが、これは法的にグレーな領域なのです。

仮にボランティアの方が収穫作業中に怪我をしても、労働者ではないため労災保険は適用されません。

万が一のための「農業体験向け保険」もありますが、その加入はあくまで任意であり、

経営が厳しい農業法人や農家が加入している保証はなく、無保険のケースの方が多いかもしれないですから、

参加をご検討の方にとっては注意が必要だと思います。

労働力の確保と「観光×農業」への期待

日本の農業は、高齢化と担い手不足という深刻な課題を抱えています。

この課題を解決するため、官民が一体となって「農泊」や「アグリツーリズム」など、

「観光と農業を組み合わせた取り組み」を積極的に推進してきました。

以前、私のブログ記事でも取り上げているように、有名なワイナリーや自治体が関わるぶどう収穫体験ツアーが人気を博し、多くの人が殺到しています。

引用元:儲かる農業 山椒は1000本植えれば…でも土地契約の落とし穴にご用心!

こうした取り組みの多くは、自治体やJA、大手旅行会社(例:JTBアグリワーケーション®)が関与しているため、

ツアーとして安全対策や保険制度が明確に整備されているケースがほとんどです。

JTBアグリワーケーション®の理想と現実に起こり得る課題

農業体験の制度設計が問われる中で、JTBが展開する「アグリワーケーション®」は、観光と労働を融合させた先進的な取り組みとして注目されています。

山形県・JA全農山形・JTBの三者連携による「元気な農業人材確保プロジェクト」では、2025年現在もサクランボやラ・フランスの収穫期に合わせて、県外企業の社員や個人参加者を受け入れるツアーが実施されています。

この取り組みは、農業の人手不足を補うと同時に、地域との交流や関係人口の創出を目指すものであり、報酬付きの農作業、宿泊・送迎付きのツアー、異業種交流イベントなどが組み込まれています。

制度設計や安全管理も整備されており、従来の「無給ボランティア型農業体験」とは一線を画しています。

しかし、理想的な制度である一方で、現場ではいくつかの課題も浮かび上がってきています。

① 参加者の動機と作業効率のギャップ

参加者は旅行代金(例:7泊8日で74,300円)を支払ってツアーに参加し、JTBとのアルバイト契約に基づいて報酬を受け取る仕組みとなっています。

ですが、報酬があるからといって、必ずしも農業現場で即戦力となるわけではありません。

たとえば、作業中に記念撮影や交流に夢中になってしまい、作業効率が低下するケースや、農作業未経験者による収穫・選別ミス、指導負担の増加などが挙げられます。

また、「観光客」としての意識が強く、労働者としての責任感が希薄な場面も見受けられる可能性があります。

こうしたギャップは、現場の生産者にとって「人手確保」ではなく「教育と管理の負担増」として跳ね返ることが懸念されます。

② 費用負担の偏りと持続可能性

このツアーでは、旅費補助は原則なく、参加者が旅行代金を支払う一方で、報酬は生産者が負担する構造となっています。

JTBは旅行代金から手数料収入を得ますが、宿泊・送迎・保険手配などの実務は参加者負担であり、自治体の財政的支援は限定的です。

結果として、以下のような費用構造が生まれています。

費用項目負担者
旅行代金参加者
報酬支払い生産者
手数料収入JTB
制度設計・広報自治体(ただし金銭的補助はなし)

この構造は、一定の規模や収益性を持つ農園であれば成立しますが、小規模農家にとっては持続可能性に疑問が残ります。

③ 観光と労働の境界線の再定義

「アグリワーケーション®」は、観光と労働の融合を目指す理想的なモデルです。

しかし、参加者の意識、現場の受け入れ体制、費用負担のバランスが整わなければ、制度の持続性は危うくなります。

今後は、以下のような制度設計が求められると考えられます。

  • 参加者の動機と適性を見極める事前選考の強化
  • 生産者への報酬支払い支援や自治体による助成制度の導入
  • 観光・労働・教育のバランスを取ったプログラム設計

理想的な制度も、現場の現実に即して運用されなければ、信頼を失いかねません。

JTBアグリワーケーション®は、今後の農業体験制度のモデルケースとして、課題と向き合いながら進化していく必要があると感じます。

引用元:山形県公式資料(2025年6月発行PDF)20250603pres.pdf

ツアー募集要項(2025年5月公開PDF)4fd854be4b52e000efeea7a3c53e260d.pdf

農業体験ボランティアと労働搾取との境界線とは

しかし、ブランド力も財務的な基盤もない農業法人や農家が、自力で人を集めようとするとどうなるでしょうか。

「体験」や「ボランティア」の名の下に「食事と宿泊を提供するから無償で働いてほしい」という募集は、

海外の「ワークアウェイ」や「WWOOF」といった制度と酷似しています。

これらの制度も、文化交流という理想とは裏腹に、

無保険での事故や過度な労働搾取が問題になった事例が報告されています。

香川県のオリーブ農園の無償ボランティア求人のケース、この課題に非常に似ているとは思いませんか?

農業体験の構造的な問題点と今後の懸念

今回の事例を通じて見えてくるのは、「人手不足の農業を救う新しい仕組み」と「無責任な搾取の温床」の境界線が、極めて曖昧だということです。

● 労務管理の甘さ: 無給の募集は、実質的な労働とみなされるリスクをはらんでいます。

● 安全対策の不備: 任意加入の保険制度が機能しない場合、事故時の責任の所在が不明確になります。

官民挙げての推進は正しい方向性ですが、制度の隙間を突いた独自路線が横行すると、個々の参加者が危険に晒されるだけでなく、ひいては地域全体のブランドイメージを損なうことにもつながりかねません。

チェックリスト:農業体験に参加する前に確認すべきこと

読者が農業体験に参加する際、以下の点を確認することで、

リスクを減らし、安心して参加できる環境を選ぶことができます。

項目確認ポイント
主催者の信頼性自治体・JA・旅行会社が関与しているか
保険制度傷害保険・賠償保険の加入有無
労働条件作業時間・報酬・休憩の明示
安全管理熱中症対策・農薬使用・危険作業の説明
契約書の有無同意書・参加条件の書面化

このチェックリストは、体験者自身が「自己責任」を果たすための最低限の備えでもあります。

ピーチです!

収穫イベントに参加を予定されている方は、
事前にチェックしてみてくださいね。

まとめ

農業体験は、農業の魅力を伝え、地域と都市をつなぐ貴重な機会です。

しかしその裏で、制度の隙間を突いた「搾取まがい」の事例が広がれば、せっかくの取り組みが信頼を失い、

地域のブランド力さえも毀損しかねません。

今こそ、農業体験の倫理的ガイドラインを整備し、

参加者・事業者・行政がそれぞれの責任を果たす仕組みが求められています。

その一方で農業体験に参加する私たちも、その場の勢いや雰囲気で応募するのではなく、

「誰が主催しているのか?」

「保険・安全対策は整備されているか?」

「対価は正当か?」

そして何よりも「その生産者には皆さんがサポートする価値があるのか?」

このような点を、今一度チェックしてみてください。

消費者としての、その冷静な判断や、事前に確認する意識が求められているのです。

話は冒頭の読者の方からの投稿に戻ります。

行政や自治体任せではなく、自分の身は自分で守るという「自責」の考え方が、

様々な意味で貧しくなった我が国で生きる上で必要なことであると私は考えます。

その上でお尋ねしたいのですが、

皆さんは香川県の農家が募集するオリーブ収穫の無償ボランティアに参加を希望されますか?

どうぞご意見をお聞かせください。

パンチです

最後までご覧いただきありがとうございました

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