【続報】なぜ日本市場は米国デルモンテ・フーズ破産の影響を受けないのか?──キッコーマンの成功戦略とは?

日本地図の上に並ぶデルモンテとキッコーマンのロゴと、「キッコーマンの成功戦略とは?」のテキスト

2025年7月1日付で米国の食品メーカーであるデルモンテ・フーズ(Del Monte Foods)が、連邦破産法第11条(日本の民事再生法に相当)の適用を申請しました。

「グローバル企業」と聞くと、世界中で一つの巨大な組織が同じブランドを展開しているように思われがちです。

事実、日本でも「愛用しているトマトジュースが飲めなくなるの?」といった不安の声がSNSでも拡散されました。

しかし日本市場への直接的な影響は「ほぼゼロ」。この結果に皆さん驚かれたことだと思います。

実はグローバル企業の実態は想像以上に複雑で、国や地域によって事業形態やブランドの権利関係が大きく異なることが珍しくありません。

その好例が、2025年7月に経営危機に陥った「米国デルモンテ・フーズ」、日本で「デルモンテ」ブランドを展開する「キッコーマン」の関係なのです。

今回はキッコーマンが「デルモンテ」ブランドを傘下に入れた経緯や、その後の展開などについて紹介します。

目次

米国デルモンテ・フーズの経営危機と日本への影響回避

デルモンテ・フーズ(Del Monte Foods)は、米国の食品加工大手として知られています。

しかし2000年代に入ると、米国内の缶詰市場の縮小、消費者の健康志向の高まり、プライベートブランドとの競争激化、そして多額の負債が重なりました。

最終的に経営が悪化し、2025年7月に米国事業の再編を余儀なくされました。

負債総額は現時点の予測値で、最悪の場合は約100億ドル(約1.4兆円)と見込まれています。

これだけの規模の会社が経営危機に瀕すれば、その傘下の海外事業も連鎖的に影響を受けるものと思われがちです。

私を含む多くの日本人が「デルモンテのケチャップが買えなくなるの?」と不安になったことだと思いますが、日本の日本デルモンテ株式会社は、この米国デルモンテ・フーズの経営危機からほとんど影響を受けませんでした。

この背景には、キッコーマンによる戦略的なブランド買収と独自の発展ビジョンがあったのです。

複雑なブランドの歴史:ナビスコがデルモンテの商標を持っていた?

キッコーマンは1961年に吉幸食品工業(後の日本デルモンテ株式会社)を設立し、1963年にはデルモンテ社との提携を開始。日本国内でのデルモンテ製品(トマトケチャップ、トマトジュースなど)の製造・販売を手掛けることになります。

さらに重要なのは、デルモンテブランドの商標権の扱いです。デルモンテは世界的に展開されていますが、その商標権は地域や時期によって異なる企業が保有する、複雑な歴史を辿っていました。

1980年代後半、巨大コングロマリット(複合企業)であったRJRナビスコが、一時期、米国以外の国際的なデルモンテブランドの商標権を保有していました。この時代は、大型の企業買収や合併が盛んな時期で、当時、RJRナビスコも同様にレバレッジド・バイアウト(LBO)による買収を進めていました。しかし投機的な買収に失敗し、莫大な負債を抱えてしまった結果、RJRナビスコは、その処理のために傘下の事業やブランドの売却を進めていました。

キッコーマンは、この状況を戦略的なチャンスと捉えたのです。

1990年1月10日、同社は日本におけるデルモンテ事業の長期的な安定を目指し、RJRナビスコから「デルモンテ」商標の日本国内での使用権を約210億円で取得しました

当時はバブル景気の真っ只中にありましたが、この買収は「極めて戦略的で大胆な投資」と評価されました。

この決断のおかげで、日本におけるデルモンテブランドは米国デルモンテ・フーズの経営状況から独立し、現在のような安定的な運営体制が築かれる礎となったのです。

キッコーマンによるデルモンテ買収の戦略的成功

キッコーマンによるデルモンテの商標権取得は、極めて成功した戦略的投資であったと評価されています。

その理由は以下の通り多岐にわたります。

  1. 安定した収益源の確保とリスク回避: 商標使用権を自社で保有したことで、キッコーマンはライセンス契約の更新リスクや、米国デルモンテ・フーズの経営状況に左右されるリスクを完全に排除しました。デルモンテ製品は、当時すでに日本市場で高いブランド認知度とシェアを持っており、キッコーマンはこれを安定した収益源として確保できました。
  2. 事業ポートフォリオの多角化とシナジー効果: 醤油を中心とした調味料メーカーであったキッコーマンは、デルモンテブランドの獲得により、成長領域であったトマト加工品や飲料といった異なる食品分野に事業領域を拡大。これにより、特定の製品カテゴリーへの依存度を下げ、事業ポートフォリオを強化することができました。また、キッコーマンが長年培ってきた日本の流通網やマーケティングノウハウをデルモンテ製品に活用し、相乗効果を生み出しました。
  3. 徹底したローカライゼーションによるブランド価値向上: キッコーマンは、日本人の味覚や食文化に合わせてデルモンテ製品のローカライゼーションを徹底しました。例えば、トマトケチャップの味付けやトマトジュースの配合などを日本の消費者に最適化することで、ブランドの魅力をさらに高め、競合製品に対する優位性を確立しました。米国デルモンテ・フーズの経営破綻時も、日本デルモンテが健全な経営を維持できたのは、この独立した事業運営とローカライズ戦略の賜物です。
  4. アジア・オセアニア地域での事業拡大の足がかり: キッコーマンとデルモンテの戦略的関係は、日本国内に留まりませんでした。日本でのデルモンテ事業の成功と、商標権を保有している強みを活かし、キッコーマンはアジア・オセアニア地域におけるデルモンテ製品の販売権も拡大しました。経済成長が著しいこの地域では、加工食品の需要が高まっており、キッコーマンはデルモンテという有力ブランドをてこに、新たな市場での成長機会を確保しています。これは、キッコーマン自身のグローバル戦略においても非常に重要な一手となりました。

例えば、こちらの「リコピンリッチ」という商品、その名称や「リコピンが1.5倍」という訴求は、日本の消費者の健康志向や機能性食品への関心の高さを意識したものであり、これも日本市場に特化した製品戦略の一環と言えます。

このような独自の商品は、キッコーマンがデルモンテブランドの商標権を保有し、日本の消費者のニーズに合わせて製品開発を自由に行えるがゆえに生まれるものです。

これは、まさに「徹底したローカライゼーションによるブランド価値向上」の具体的な事例と言えるでしょう。

ブランド価値最大化に向けた継続的な取り組み:工場再編

キッコーマンは、デルモンテブランドの価値を最大化するために、日本の市場環境の変化にも常に対応しており、その一環として、日本デルモンテの生産体制の見直しを実施しました。

2023年10月、キッコーマンは日本デルモンテの生産拠点を再編する計画を発表し、長野工場(長野県千曲市)を2025年6月までに閉鎖し、生産機能を群馬工場(群馬県沼田市)に集約しました。

群馬工場には新たな設備投資が行われ、トマト調味料を中心とした製品の生産効率がさらに向上することが期待されています。

この再編の背景には、日本の少子高齢化や単身世帯の増加、労働人口の減少といった社会構造の変化があります。これらの変化に対応し、生産性を向上させ、より効率的な運営体制を構築することが、デルモンテブランドの持続的な成長には不可欠と判断されました。

このように、キッコーマンはデルモンテブランドを単に保有するだけでなく、日本の市場環境に合わせて生産体制を最適化し、ブランド価値の最大化に継続的に注力しているのです。

まとめ

キッコーマンによるデルモンテの商標権・販売権の取得は、単なるブランドの買い取りを超え、自社の事業基盤を強化し、将来の成長を確保するための戦略的な投資でした。

  • リスクヘッジと安定収益の確保
  • 事業の多角化と既存リソースとのシナジー創出
  • 徹底したローカライゼーションによるブランド価値の最大化
  • 新たな成長市場への足がかり
  • 市場環境変化に対応した生産体制の最適化

これらの要素が複合的に作用し、キッコーマンにとってデルモンテ事業は間違いなく成功した買収であったと言えるでしょう。

この事例は、グローバル企業が世界市場でいかに複雑な戦略を展開し、成功を収めることができるかを示す、興味深いケーススタディです。

パンチです

最後までご覧いただき有難うございます

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