なぜ、よりによって“抹茶サワー”だったのか?
アメリカ・ワシントンD.C.の日本大使館という格式高い舞台に、鹿児島の製茶会社が参加して行ったプロモーションイベント。その場で振る舞われたのは、茶道の象徴とも言える本格抹茶ではなく、まさかの“抹茶サワー”だったのです。
すでに宇治の名門ブランドがひしめくアメリカ市場で、なぜ鹿児島製茶はあえてアルコール入りという“意外性の一杯”で勝負に出たのでしょうか?
そこには、日本の茶産業がこれから世界で生き残るための、ある戦略的な選択肢が見え隠れしているのです。
第1章:NHK鹿児島が報じた“抹茶サワー外交”と、日本でのその存在感
2025年6月、NHK鹿児島放送局が一本のローカルニュースを報じました。
舞台はアメリカ・ワシントンD.C.、日本大使館。
その由緒ある会場で行われたイベントに、鹿児島製茶が参加しました。
取材によれば、招かれたのは政府関係者をはじめとした、地元の食品産業の関係者であろうと推察されます。会の趣旨は、鹿児島産の抹茶を使った新たな飲用スタイルの提案──そしてその目玉として振る舞われたのが、「抹茶サワー」でした。



従来の日本茶文化を知る現地の人にとっては、この選択は少なからず意外に映ったはずですよね。
なぜなら“抹茶”は通常、格式や静寂をまとった茶道や、上質な和スイーツとの組み合わせで語られるもの、特にアメリカにおいては大都市の「カフェ」では抹茶飲料がどこでも楽しめるほど浸透している甘いイメージのフレーバーだからです。
それが、今回、炭酸とアルコールで割られた“酔える抹茶”として登場したのですから、多くの出席者が目を疑ったでしょうね。実は私も緑茶サワーは居酒屋で見掛けたことはありましたが、抹茶サワーについては初耳でした。
調べてみたところ、実はこの「抹茶サワー」、まったくの新発明というわけではないんですね。日本国内では、すでに大手酒造メーカーの宝酒造などが商品化しており、コンビニやスーパーで目にされた方もいらっしゃるかも知れないですね。
YouTubeでは“抹茶サワー飲んでみた”といったレビュー動画も4~5年前から存在してますし、一定の認知度はあるジャンルでコアなファンはいるのでしょうが、人気ジャンルとして定着しているとは言いがたいですよね!
Amazonレビューでは「緑茶サワーの方が好き」「抹茶が粉っぽく感じた」といった声も多く、評価は若干厳しく、その感想も飲んだことはない私ですけど、なんとなく想像が出来ますよね。
居酒屋などで提供される「緑茶ハイ」「ウーロンハイ」との違いを明確に打ち出すことが難しく、消費者の中での“位置づけ”がまだあやふやな「抹茶酎ハイ」を、鹿児島製茶はなぜわざわざ海外、それも日本の顔である大使館でのプレゼンテーションに持ち込んだのでしょうか?
この大胆な選択には、鹿児島製茶が置かれている立ち位置と、これから戦おうとする相手の姿が大きく関係していると考えられます。
第2章:宇治抹茶が君臨する米国市場に、鹿児島製茶はなぜ挑んだのか
アメリカ、特にワシントンD.C.をはじめとした大都市圏では、すでに日本の抹茶は確固たる市場を築いています。
その中心にあるのが「宇治抹茶」です。京都・宇治を本拠とする老舗ブランド──丸久小山園、一保堂茶舗、伊藤久右衛門などは、品質の高さと長年にわたる文化発信を通じて、アメリカ市場でも強い信頼を獲得してきました。
現地の和食店や高級ホテル、茶道体験イベントなどでは、こうした宇治系ブランドが採用されるケースが多く、単なる“飲み物”としてではなく、日本文化を象徴する存在として認知されているのが特徴です。
そのような中、鹿児島製茶があえてこの「宇治ブランドの牙城」に挑んだのは、無謀な挑戦というよりも、勝負の土俵をあえて変える“戦略的奇襲”だったと考えられます。



引用元:2020年12月2日
GFP事務局報告資料
宇治抹茶が「伝統」と「知名度」を武器に抹茶パウダー・抹茶ラテ・アイスクリームやチョコレートなど一般的なフレーバーとして認知されている一方で、鹿児島製茶が提示したのは、今までにはない「用途の多様性」の提案でした。
つまり、“伝統では勝てないなら、一味違う楽しみ方で勝負しよう”という姿勢だったのではないでしょうか。
しかも、鹿児島は抹茶と焼酎のどちらもが名産品であるという強みがあり、そして共にヘルシーなイメージが特徴ですね。この2つを掛け合わせた「抹茶サワー」は、単なるアイデア勝負ではなく、地域性を活かしたリアルなストーリー性と米国市場で抹茶が支持されている健康志向が高い人たちを狙っていたに違いありません。
事実、今回のプロモーションが行われたのは、アメリカで最も象徴的な日本の外交拠点である「日本大使館」でした。
そこにアルコール入りの抹茶ドリンクを持ち込んだという点にこそ、鹿児島製茶のしたたかな戦略と、勝負をかけた気迫を感じ取ることができます。
品質や知名度で宇治抹茶には敵わなくても、焼酎の名産地でもある鹿児島茶業界だからこそ提案できた“世界の抹茶市場への切り札”だったのかもしれません。
その結果、NHKが報じたように、参加した人からは「本当においしい。これまで経験のしたことのない味です。日本の精神が感じられます(原文のまま掲載)」といった声が聞かれたとのことです。
このニュースは鹿児島製茶の公式ホームページにも掲載されており、関係者の皆さんも安堵したことだと思います。
第3章:日本の抹茶ブランドは“世界市場で戦える構造”になっているのか?
日本の茶産業は、世界的に見て歴史に裏打ちされた高い技術、そして文化的な深みを持っています。
抹茶をはじめとする日本茶は、品質の高さ、手間を惜しまない製法、そして茶道を背景にした精神文化によって、他国の追随を許さない独自の価値を築いてきました。
しかし、残念ながらその土台となる国内の生産体制は、年々弱体化しています。
生産者の高齢化、後継者不足、そして国内需要の縮小という三重苦に直面している現実があります。どれほど品質に優れていても、生産量が限られてしまえば、グローバル市場の拡大と歩調を合わせることは難しくなります。
事実この1年だけでも、今村芳翠園やお茶の玉宗園、木村園といった有名な茶舗や小売店が倒産し、多くの茶葉農家が廃業に追い込まれています。
さらにそれに追い打ちを掛けるのが、日本の茶産地が“横につながっていない”という組織構造です。
京都の宇治、静岡の掛川、鹿児島の知覧など、それぞれの地域がプライドを背負って国内市場と同様に海外市場でも凌ぎを削っています。そして既に米国市場で認知度が高い宇治抹茶には高い値が付けられますが、鹿児島茶はそれに準ずるポジションに位置付けられているのは周知の事実です。これは今までに各ブランドが独自に販売プロモーションや用途開発を競ってきた結果なのですが、将来に向けてこのままでは、限られた経済的・人的な資源を奪い合い、“共倒れ”状態に陥りかねません。
こうした中で今後現実味を帯びてきた脅威が、海外産抹茶の品質向上と流通拡大です。
中国、韓国、台湾、そしてインドなどでは、すでに抹茶の生産が始まっており、原料茶葉の大量栽培や加工設備の近代化により、価格競争力では日本を凌ぐケースも出てきています。品質でも“及第点”レベルの抹茶が増えており、事実コンビニスイーツなどでは海外産の抹茶が安価な混ぜ物として日本市場でも既に相当量が使われていると言われており、もしこの流れが加速すれば、日本の抹茶は世界市場の中でも「超高級品」として狭い市場に閉じ込められてしまう懸念があるのです。
だからこそ、今求められているのは、日本の茶産地が戦略的に連携して、競争力を高めるべきだと考えます。
今回、鹿児島製茶が示した“抹茶サワー”という提案は、まさにその光と影を感じさせるものでした。
アメリカに既に根付いているMatcha文化に正面から挑むのではなく、「抹茶サワー」という目新しいフィールドを切り拓こうとする姿勢は、今後の鹿児島茶が生き残るため、一見すると美しくもありますが、一歩間違えば無謀な賭けに終わる可能性すらあります。
このまま日本国内の産地がバラバラに戦い続ければ、日本の抹茶ブランドはやがてグローバル市場で「一部の富裕層向けの贅沢品」としてしか存在できなくなるかもしれません。
そうならないためにこそ、今、柔軟で戦略的な挑戦を業界全体で共有し、次の一手につなげていくべきではないでしょうか。




鹿児島茶、ワシントンでも大好評で良かったです
でも…産地間の連携は、絶対必要ですよね。
私は共倒れしないか、すごく心配してます!




お茶についてはたくさんの記事をまとめました
全部読んで、どんどん詳しくなってくださいね!
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