植物工場は未来の農業として注目を集め、電力会社との提携による安定供給モデルが一時は成功例とされていました。しかし、その「失敗と成功」を象徴する2つの事例があります。
一つは中部電力が支援した「スプレッド」。革新的な自動化技術と世界最大規模のレタス工場で話題を集めましたが、2024年に経営破綻しました。負債総額は約37億円に達し、その後、スプレッドの運営する工場は以下のように事業譲渡が進められました。
- 静岡工場「テクノファーム袋井」は合同会社TSUNAGU Community Farm(中部電力グループ)に譲渡。2025年6月1日付で運営を継承。
- 京都工場 「テクノファームけいはんな」は東急不動産の100%子会社である株式会社Green Factory TFKに譲渡。2025年6月1日付で運営を継続。
この発表はスプレッドの破綻後の事業の整理・再建が終了したことを意味します。
もう一つは、北海道電力(ホクデン)と提携した「プランツラボラトリー」の北海道・倶知安駅そばにある同じく野菜工場です。北海道・ニセコでホクデンにより運営され、観光需要に支えられています。最高級クラス「パークハイアットニセコHANAZONO」など約20社との取引に支えられ、観光地価格での安定した生産・販売体制が構築されています。
本記事では、この2つの事例を通して「なぜ一方は経営破綻し、もう一方は成功への道を辿っているのか」を探ります。
スプレッドの”暗”(パートナー:中部電力)
スプレッドの失敗の原因は、過大な初期投資と採算見通しの甘さに尽きると考えられます。
農業は露地栽培であっても利益を出すのが難しい産業です。例えば、スーパーなどで販売される野菜の価格の半分近くは「運賃」によって消えてしまうため、農家の手元に残る利益は僅かです。
世間の注目を集めた世界最大規模のレタス工場「テクノファーム袋井」では、先行投資費用に加え、露地栽培で利用する太陽の代わりとなる「光熱費」や、空調・照明設備、雨の代わりとなる「培養水」およびその循環・濾過設備が必要となります。
また、キャベツなどとは異なり、レタスは露地栽培でも無農薬で虫に食べられることなく収穫できる野菜です。このため、室内の野菜工場で「農薬不使用」を謳ったとしても、露地栽培のレタスと差別化が難しくなります。
結果として、室内で栽培するメリットはほぼ皆無であり、価格競争で優位に立つ全国シェア30%以上を誇る長野県産レタスに市場を奪われる形となりました。
譲渡された2つの工場が今後どのような戦略で再起を図るのか、注目されます。
プランツラボラトリー・倶知安の”明”(パートナー:北海道電力)
テレビ北海道によれば、植物工場で着実に成功を収めている例があるそうです。2023年、北海道・倶知安駅の近くに、室内栽培のノウハウを持つ東京のスタートアップ企業「プランツラボラトリー」と北海道電力が共同で植物工場を設立しました。

引用元:プランツラボラトリー社公式ホームページ
この地域はインバウンド客で賑わうニセコエリアに位置し、地元の新鮮野菜が不足していた状況を改善するため、切れ目なく供給できる体制が整備されています。その結果、最高級クラスのリゾートホテル「パークハイアットニセコHANAZONO」を含む約20軒の取引先を確保するに至っています。
運営と管理は北海道電力が担当し、さらに高品質な新鮮野菜を高価格で購入する近隣の顧客を確保しているため、輸送コストも抑えられるなど、理想的なビジネスモデルが実現されています。この事業は単体として初期投資の回収が可能であり、札幌・函館・小樽などへの商圏拡大による今後の成長も期待されています。
ただし課題として挙げられるのは、北海道電力という強力なパートナーに依存している点と、外国人観光客数が何らかの要因で減少した場合の影響の大きさです。しかしながら、もしそのような事態が起きれば、それは北海道経済全体にとって大きな打撃を意味するでしょう。
👉野菜工場にどら焼き!?北海道電力が手掛ける新事業とは(テレビ北海道) – Yahoo!ニュース
プランツラボラトリーの”暗”
福島 イチゴ・キノコ栽培の実証実験
同社のホームページによると、「一般的なビニールハウス」と「堅牢な植物工場の利点」を融合させた「プットファーム」というシステムを構築し、安価な初期投資で農業・畜産・花卉栽培を含む幅広い用途への利用を目指しているとのことです。この技術は、世界中の様々な環境で活用可能な未来を描いています。
2017年には東京大学との共同研究で特許を取得し、その一環として寒冷地や豪雪地帯における挑戦が進められています。福島県ではイチゴやキノコの栽培に関する実証実験が行われているそうです。
外気の熱効率を遮断することで暖房費を節約するシステムは、特に冬場における運用コストの削減に効果的です。
更に、ホームページ上の資料では確認できなかったのですが、猛暑下での野菜栽培環境や作業員の労働環境が改善されるのであれば、非常に有望な技術だと言えるでしょう。
ただし、懸念点として挙げられるのは以下の点です。
「地域復興実用化開発等促進事業」の助成金を活用して大型いちごプラントの建設を計画しているものの、倶知安の成功事例とは大きく条件が異なり、福島での成功の可能性は低いと考えます。
さらに、隣県の栃木県はイチゴの生産量全国1位を誇り、強力なブランド「とちおとめ」や「スカイベリー」、白い甘い品種「ミルキーベリー」、次世代ホープの「とちあいか」など、圧倒的なラインアップを有しています。
そのため、「福島の野菜工場で美味しいイチゴができました」というアピールだけでは市場で勝負するのは困難であり、倶知安で得た利益を損失する未来が予測されます。
埼玉・東京:グリーンリーフレタス、サラダミズナ栽培
プランツラボラトリー社は、「プットファーム」を活用して首都圏でのレタス栽培ビジネスを展開しています。
具体的には、西友上福岡店(ふじみ野市)店舗3階の約45坪のスペースに設置された水耕栽培装置を活用して栽培を行っています。また、東京都の西友大森店(品川区)店舗5階にも同様の装置を設置し、近隣の西友店舗向けに出荷しているとのことです。
👉西友、店内植物工場での栽培品目や生産量を増やす、販売店舗も _流通・小売業界 ニュースサイト【ダイヤモンド・チェーンストアオンライン】
100㎡程度の遊休スペースを活用することで、初期投資は一般的な植物工場の1/2から1/3に抑えられるといわれています。このため、大規模な投資を伴わずに導入が可能です。2021年7月時点で、上福岡店では毎日360株のレタスを出荷しているそうです。しかし、1株200円で販売した場合、初期投資費用に加え、光熱費、水道代、人件費、運搬費、そして首都圏の施設にかかる「賃貸料」を考慮すると、当初から利益を追求しているわけではないことが明らかです。
この施設はむしろ、SDGsの取り組みの象徴として機能しており、西友にとっては広告塔、またプランツラボラトリーにとってはショールームとしての役割を果たしていると考えられます。
沖縄:耐強風型植物工場の実証試験
プランツラボラトリー社は沖縄県名護市で「耐強風型植物工場」の実証実験を行ったとのことです。建設期間は1ヶ月で済み、建設コストは通常の植物工場の1/3~1/2程度に抑えられるという利点があります。しかし、年々強度を増す台風が発生する地域である「台風銀座」と呼ばれる場所に野菜工場を建設するという選択は、国内外で見られることは少ないと考えられます。
この取り組みはおそらく、沖縄での営業展開を直接目指したものではなく、台風被害が比較的小さな地域において、万が一直撃を受けた場合でも安心できるという保険的な位置づけとしての技術アピールが目的だったのでしょう。
実際にこの施設で野菜が栽培されていたかは不明ですが、猛暑の南国で冷房を利用しながら屋内で栽培されるレタスについて、その生産コストはどのようなものだったでしょうか?
冷房費やその他の運営コストを考慮すると、採算性を期待するのは難しいと結論づけられます。
まとめ
プランツラボラトリー社の倶知安での成功事例は、想定される全てのプラス要素が盛り込まれた、まさに奇跡的な成功例と言えます。同社がリスクを最小限に抑えつつ利益を拡大できる仕組みが多数含まれています。
一般的な植物工場の初期投資と比較して、建設コストが1/3~1/2に抑えられる高いコストパフォーマンス、北海道電力との共同設立、さらに運営を北海道電力が担当している点。これに加え、リゾート地のインバウンド需要の急増に対応し、高級ホテルが求める新鮮野菜のニーズを満たせる体制、そして輸送コストを最小限に抑えた仕組み。これらの好条件が揃うことで、露地栽培でも利益を出しにくい農業分野でも確実な利益が生み出されています。
一方で、福島県のイチゴ・キノコ工場は、これらの好条件をほぼ欠いており、強力な競争相手である栃木県のブランド農産物と対抗することは困難であると考えられます。その結果、補助金への依存や倶知安で得た利益への依存という形に落ち着いてしまう可能性が高いでしょう。
また、スプレッド社の場合は、初期投資の過大さというトップランナーゆえの弱点が最初から存在していました。結果として運命は既定路線だったと言えます。事業譲渡された会社にとっては、格安で資産を引き継いだものの、毎月発生する光熱費や水道代、固定資産税といった運営コストをどのように補い、事業を回復させるのかが大きな課題となります。




最後までご覧頂き有難うございました。
農業は大変です!
でも野菜工場で儲けるのはもっと大変です!
皆さんの感想をお聞かせくださいね。




また読みに来てくださいね
お待ちしてますよ
👉https://www.makoto-lifecare.com/
-
負債総額 約37億円 – 京都市 野菜工場 スプレッド倒産の裏側
国内最先端の野菜工場が倒産、その背景と影響は。 -
453億円の巨額負債 イセ食品の再建はなぜ成功したのか?
倒産した鶏卵業者「イセ食品」をなぜ金融機関は守ったのか? -
有限会社ワールドファームの20年余りの挑戦、そして破産から得られた教訓
農林水産大臣賞まで受賞した6次産業の会社が倒産。いつ、何を誤ったのか? -
なぜ神明畜産は破綻したのか?拡大戦略に潜む落とし穴
畜産業において大規模化・効率化は両刃の刃です。 -
大山牧場の破産が示す酪農業界の現実 : 負債総額は約1億円
国内酪農業の数少ない成功例が、突然の倒産。日本の牛乳はどうなる?
コメント