「ただめしを食べさせる食堂」として注目を集め、10年近く黒字経営を続けている未来食堂。
一方、デザイン性とコンセプトで話題を呼んだ「日本一カッコいい、未来の八百屋」であるGreen Smileは、事業継続を2025年5月に断念しました。
どちらも、“理想を掲げて食のあり方に挑んだ”ビジネスでした。
しかし、その理想が現実とどう交差し、どこで道を違えたのか——。
本記事では、皆さん自身が一人の経営者として、また社会人として「理想を持って何かを始めたい」と感じているのであれば、是非知っておいて頂きたい、理念と経営のバランス、そして継続できる仕組みとは何かについて、2つの事例から紐解いていきます。
Green Smileと未来食堂については、それぞれ以前に私が書いた記事にて詳しく紹介していますので、そちらもあわせてご覧ください。
2012年創業 Green Smileの理想と挑戦
2012年、京都で創業したGreen Smileは、「NEO八百屋」を掲げ、従来のスーパーマーケットとは異なる“日本一おしゃれな八百屋”としてスタートしました。 その理念は、効率や利益を優先する旧来型の流通構造に疑問を投げかけるものでした。
「旬・鮮度・美味しさを追求」
「生産者の顔が見える素材」を
対話と提案、人で人を呼ぶ
この思いを軸に、2018年には地域密着型店舗「サンクスマルシェ Green Smile本店」を開店。 平積みにされた新鮮な野菜や手書きのPOPは、まさに“生産者と生活者に寄り添う八百屋”として歓迎されました。
急成長と理念の変容
コロナ禍を経て、Green Smileは路線を急速に変更します。2022年には「京の八百屋 菜珠(さいじゅ)」を京都北山に出店。同年9月には烏丸店もオープンしました。さらに、岡山・大阪の赤字スーパーを買収し、店舗拡大を推進。
この時期、Green Smileの売上は急激に伸びます:
- 2022年6月期:売上高 約3.2億円
- 2023年6月期:売上高 約4.6億円(前年比43%増)
しかし、この成長は「利益の成長」ではなく、すでに経営破綻への道が始まっていました。
高級化路線と消費者との乖離
2022年7月に本社ビルの竣工と同時に開業した「京の八百屋 Green Smile」は、外観だけを見るとまるで高級セレクトショップのようでした。 洗練された店舗のデザインやブランド志向の陳列、そしてデザイン性に優れた商品ラインナップが特徴です。 しかし、その華やかさの裏で、地元の消費者との距離は確実に広がりつつありました。
それからわずか3年後の2025年5月、Green Smile社は破産。負債総額は約7.5億円。
関連会社であるNEXTINNOVATIONも含めた経営体制の拡大戦略が、返済能力を超えていたと見られています。
「高品質な商品を届けたい」という志は立派でしたが、橘氏が拒絶した効率化を軽んじた結果が招いた”起こるべくして起きた倒産”だったとも言えるかもしれません。
消費者の現実とズレた“NEO八百屋”の限界
Green Smileの掲げた「美味しいものを適正価格で提供する」という理想は、消費者の現実的なニーズ、つまり「低価格」を重視する傾向と衝突していました。 新鮮な商品を届けることは、廃棄ロスの増加と経営の圧迫を伴うリスクでもあります。筆者の経験したJA産直市場でも、最初に売り切れるのは「B級品の安価な野菜」でした。
また、買収した大阪のスーパー「アカシヤ」では、仕入れ停止や人手不足といった現場の混乱が破綻寸前の状況を浮き彫りにしました。
Green Smileは理想の八百屋を追求しましたが、その理想は消費者が求める実際のニーズから遠のいており、市場から姿を消す結果となりました。
未来食堂:理念を仕組み化した持続可能な経営
東京・神保町にある「未来食堂」は、2025年現在も10年近く黒字を維持しながら営業を続けています。
この店は、“ただめし”というユニークな制度で話題を呼びましたが、真の魅力はそこではありません。
むしろ重要なのは、理念を実行可能なかたちで“仕組み化”しているという点にあります。
ただめしは「目的」ではなく「手段」
未来食堂の最大の特徴は、「食べたいけれどお金がない人に、無料で食事を提供する」という“ただめし券”の仕組みです。
この制度は、まさに「誰でも来ていい」という店の理念を象徴するものですが、
実際には、「誰かの1時間の手伝い」と引き換えに発行される“労働価値ベース”の券であり、人の尊厳を守る工夫がなされています。
さらにこの“ただめし”は広告・宣伝にもなり、人件費と集客を両立させる仕掛けにもなっているのです。
成功の秘訣:「小さく始めて、仕組みで回す」
創業者の小林せかい氏は、もともと東京工業大学で数学を学び、エンジニアとして日本IBMやクックパッドに勤めた経歴の持ち主。
その論理的な思考と現場での飲食業修行を融合させ、店のすべてを“設計”していきました。
- メニューは日替わり一品のみ
- オペレーションは徹底的に簡略化
- 情報公開も徹底(月次の売上や原価も開示)
- 「誰でも来ていい」「誰でも1時間働けば食べられる」という明確なルール
この徹底したシンプル化が、飲食業の「人・コスト・継続性」すべての課題を最小化しています。
拡大しないという“逆張り”戦略
未来食堂は、10年近く黒字経営を続けながらも、フランチャイズ展開や2号店の出店といった拡大路線を取っていません。
それは、“理念を薄めずに続けていくためには、むやみに拡げないことが最善”という判断です。
「未来食堂は、システムのDNAが受け継がれればそれでいい」
by 小林せかい
この思想こそが、“ビジネスモデル”ではなく“文化”として継続していく道を選んだ稀有な例と言えるでしょう。未来の経営者を目指す学生さんには、ぜひ一度神保町を訪れ、小林氏の取り組みを学ぶ価値があるでしょう。
比較表で見る分かれ道
理想を掲げてスタートした2つの食ビジネス、Green Smileと未来食堂。
どちらも「これまでの常識を覆したい」という想いから始まりました。
しかし、その理想が“どう現場に落とし込まれたか”という点で、両者の道は大きく分かれます。
視点 | Green Smile | 未来食堂 |
---|---|---|
創業年 | 2012年 | 2015年 |
事業形態 | 野菜小売・NEO八百屋 | 日替わり定食店 |
理念の出発点 | 小売業の効率優先主義への反発 | 誰でも食べられる場所の創出 |
ターゲット顧客 | 都市部の感度高い層・富裕層 | 老若男女、困っている人も含む全員 |
主要手段 | 高付加価値な商品・洗練された空間 | シンプルなオペレーション・ただめし制度 |
売上戦略 | 拡大路線(出店・買収) | 小さく設計、情報公開で信頼形成 |
コスト構造 | 高価格帯+多店舗運営 | 低固定費+人件費も柔軟化 |
利益構造 | 売上成長→資金繰り悪化 | 安定黒字(持続可能モデル) |
情報公開 | 公式HPのブランド重視型 | 売上・原価までオープンな透明経営 |
拡大戦略 | 大阪・岡山の赤字スーパー買収 | 拡大せず、仕組みの継承を優先 |
最終結果 | 2025年 破産(負債7.5億円) | 2025年時点でも黒字継続中 |
このように比較してみると、両者の明暗を分けたのは、「理想をどう経営の形として定型化して次世代に残す」という”軸の有無”であったように思えます。
私の視点:”軸の有無”が分けた明暗
飲食業・小売業という「儲けにくい業界」に挑戦した2人の経営者。 一方は10年近く黒字を維持し、もう一方は志半ばで破産。 その違いはどこにあったのか――私はこう考えます。
小林せかい氏には、一貫した「軸」があった
未来食堂を立ち上げた小林せかい氏には、最初から「この仕組み(DNA)を次の世代に残したい」という明確な目標がありました。 その理念は、“誰もが回せる仕組み”として丁寧に設計され、安定した経営、情報公開、規模拡大を選ばない方針――すべてがその目的に沿ってぶれることなく運営されてきました。
その結果、未来食堂は10年近くにわたり黒字経営を維持しています。 理念と現場、言葉と行動の一致が信用と持続可能性を生んでいるのです。
橘佳慶氏は、志はあった。でも軸がぶれ続けた
一方、Green Smileを創業した橘佳慶氏にも確かに志はありました。 「効率重視のスーパーに風穴をあけたい」「作り手と買い手がつながる八百屋を作りたい」という理想に、多くの共感を得たことでスタートしたのです。
しかし、その後の展開を見るとどうでしょうか? 気がつけば、高級化路線・ブランド化・都市型モデルへと転換。 さらに、赤字スーパーの買収(アカシヤや玉野のタマヤ)を重ね、自ら否定していた効率化重視の業界モデルに近づいてしまった。
この迷走によって、Green Smileはその志を結果として裏切る形となり、2025年には破産を余儀なくされました。
まとめ:理想を掲げるだけではなく、持続可能な形で残せるかが鍵
2人の違いは「理想を語ったかどうか」ではなく、「その理想をどう実行可能な形で残していくか」を考え抜いたかどうかにあります。 小林せかい氏は、その理念を軸に据え、仕組みを徹底的に設計しました。 橘佳慶氏は、途中で方向性がぶれ、やりたいこと、語っていたこと、実際の行動が一致しなくなっていきました。
それが、10年後の姿の明暗を分けた要因だったのではないでしょうか。 理想を掲げるのは容易です。しかし、10年後にもその理想をぶれずに続けられる挑戦者であること――それが本当の「カッコいい経営者」なのです。
引用元 一覧
株式会社GreenSmile(グリーンスマイル)|京都で日本一を目指す八百屋




2人の経営者について分析してみました
皆さんのご感想をお聞かせくださいね




経済ニュースもたくさん記事にしてます。
興味のあるものがあったら読んでみてくださいね
👉https://www.makoto-lifecare.com/
-
負債総額 約37億円 – 京都市 野菜工場 スプレッド倒産の裏側
国内最先端の野菜工場が倒産、その背景と影響は。 -
有限会社ワールドファームの20年余りの挑戦、そして破産から得られた教訓
農林水産大臣賞まで受賞した6次産業の会社が倒産。いつ、何を誤ったのか? -
453億円の巨額負債 イセ食品の再建はなぜ成功したのか?
倒産した鶏卵業者「イセ食品」をなぜ金融機関は守ったのか? -
負債総額4億円超 仙台 壽三色最中本舗の自己破産 和菓子文化に未来は?
歴史に育まれてきた和菓子文化、厳しい環境の中で生き残る術は? -
大山牧場の破産が示す酪農業界の現実 : 負債総額は約1億円
国内酪農業の数少ない成功例が、突然の倒産。日本の牛乳はどうなる? -
有限会社マルヨの倒産から学ぶ キノコ産業の現実と将来
キノコの産地として有名な長野県で、倒産が相次ぐ理由を解説します!
コメント